現代政治学2ー脱行動科学 公務員受験の方へ

現代政治学ー脱行動科学の始まり

現代政治学と呼ばれるものは、市民社会から大衆社会への転換をとらえたウォーラスから始まったことは、現代政治学の出発のところでお話ししました。


19世紀の政治学の批判からスタートし、人は合理的判断を基に動くと言う主知主義を批判することにより、現代政治学は実証的な政治学を手に入れました。


その後のシカゴ学派などの活躍によって行動科学は発展をみせるのですが、第二次世界大戦以降のベトナム戦争など社会状況の変化に十分に対応することができなくなり、この行動科学批判は、D・イーストンの行動科学批判「政治学における新たな革命」により展開されます。


実証主義的な科学の方法は、現実のシステムを肯定する傾向があると思うのですが、私は、実証は、言い換えれば、ある程度飛躍のない仮説の中で事実との親和性を持って語られる傾向にあると考えます。科学は無根拠に成立し得ないところです。


哲学の復権

公共性・正義など価値の問題が実証主義の歴史的評価の中で再浮上し、ここに政治哲学が復権することになります。


ハンナ・アレント、J・ロールズらは、重要な議論を展開していきます。

また、J・ロールズのアンチテーゼとして、R・ノージックのリバタリアニズム(古典的自由主義に近いもの)なども登場することになります。


ハンナ・アレントとらえた「人間の条件」

ハンナ・アレントは「人間の条件」(1958年)の中で、行動科学のイメージを統計学的な画一性を批判することになりますが、基本的な態度として、決定論から人間の自由を守ることに重点が置かれています。また、自分たちの中で起こる出来事に心をめぐらす際限のない人間の努力を思考することととらえています。


基本的要素となる活動力は、《労働》《仕事》《活動》の三側面から考えますが、


《労働》の優位のもと、《仕事》《活動》が人間的意味を失った近代以降、現代世界の危機が用意されることになったのである。


遠くギリシアのポリスに源を発する「公的領域」の喪失と、国民国家の規模にまで肥大化した「私的領域」の支配とうい現象が起こり得ることになります。


彼女がとらえた、全体主義の現実的基盤となった大衆社会の思想的流れでもあります。


J・ロールズの「正義論」

J・ロールズはカントにつながるアメリカの哲学者です。「正義論」(1971年)の中で、普遍合理的な「公正としての正義」を明らかにしようとします。


正義原理は2つの原理によって構成されます。


第一原理は、「平等な自由原理」ー他人の自由との両立の限りで、その基本的自由の権利を持ちます。


第二原理は「社会的・経済的不平等等に関わる原理」です。不平等も、最も不利な状況にあるものの利益になること(格差原理)、不平等を伴う地位や官職が公正な機会均等原理を保証されている場合は、正義にかなうとされています。


第一原理と第二原理は常に第一原理が優先することになります。


カントの流れを汲む、この二人の哲学者の考察は公共性・正義などの価値の問題から行動科学を批判するものとして忘れてはならないものです。


政治学とはーその性格

このように政治学は、ある仮説を踏まえ、さらに変化していくものでもあり、考察することが使命でもあります。アレントの言うように自分たちの中で起こる出来事に心をめぐらす際限のない人間の努力を思考することでもあります。