疫学的判断は常に必要ーポビドンヨード事件の社会的な意味を考える

疫学的な判断をしなければならないーこのことは特に政治家に求められる態度でもあるのですが、無根拠に何かが有効だという話をすることは、政治を科学としてとらえることが必要ということが理解されていないということでもあります。


正義の問題があって、政治は計量的・科学的な側面だけで考えれば良いものではないのですが、新型コロナウイルスの状況は、特に迷信に近い話は、部分的に真実であっても政治家としては、採用してはいけないということを思わなければならないことははっきりしています。


また、市民が迷っている状況下は、経済復興と疫学的判断の矛盾した状況と利益団体など無数のアプローチのある中で、より冷静になって政治家は発言しなければならないことは確かです。


戦争世代は、特に政治を信用していない世代ー政治は戦争に国民を駆り立てておいて敗戦に追い込んだという意識と強い否定がありその意味で政治を頭から信じることはなかったーその貴重な世代は人口として減っていて、今は、政治を比較的適切な情報の発信のひとつとして信用しているのではないか、少なくとも、公共・福祉的政策をになっている性質上、発信する情報に強い否定はないと思います。


それだけに、情報社会の中心にいる政治家は、信頼性を高めるために、根拠を持って考えることするべきだと考えます。


疫学は、

「事象に影響すると結論付けられた要因を除外、軽減する対策を講じ、除外後の効果を公衆衛生的に考える」

明確な定義があり、この定義に照らして考えることが、私たち市民にも必要なのだと感じます。


(参 考)

『疫学とは、「明確に規定された人間集団の中で出現する健康関連のいろいろな事象の頻度と分布およびそれらに影響を与える要因を明らかにして、健康関連の諸問題に対する有効な対策樹立に役立てるための科学」と定義される。疫学は健康に関連するさまざまな事象の頻度や分布を観察することを目的にするため、対象は一人の人間ではなく集団であるが、集団の特徴(集団の定義、年齢、学年、性別)やどの時点を調査対象とするかを明確に規定した上で事象の頻度や分布を調べる必要がある。また、事象に影響すると結論付けられた要因を除外、軽減する対策を講じ、除外後の効果を公衆衛生的に考えるのは疫学の社会的意義である。』「佐々木 敏:はじめて学ぶやさしい疫学(日本疫学会監修), 改訂第2版 南江堂」ー日本疫学会ホームページより



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