発達障害の子供さんのことー無理せず見守る

子供の発達障害は一般化できない

発達障害について概念的はこのようなものとわかっていたとしても、そのことを体感するまでは、理解したとは言えないと思います。ただ、一人の発達障害の子供さんに会えたとしても、それは一般化するには乱暴すぎる、様々なものとしかいいようがありません。


8歳の子供さんとの出会い

彼は8歳だったのですが、それは、すぐにでもわかります、何かを抱えていることが、ただこちらがたじたじとしてしまう。大人の自分が彼の前では言葉が全く話せなくなってしまいます。


この子にどうやって学習してもらうのか・・・・、ひたすら彼が持ってきたノートに絵を書いてあげることがいつかこの子が学習することと関連してくるのか?わからないいまま途方に暮れました。


カエルを100匹くらい描いたところで興味を持ってくれたので、その代わりに算数をしてもらう取引をしました。


数学という道具を使いこなすためには、具体的なものを抽象的な概念(数)でとらえるための作業を切り返す作業ーそれを定着と呼びますが、それが必然的な方法で、そのようなことをこの子供さんにしてもらうことにひるんでしまいました。これは、この子供さんには暴力ではないのか?と


数字の感応性

ただ、このお子さんは、数字に対する感応性が高く、数字から感情を読み取っていることがわかりました。好きな数字があって、9あたりがすごく好きなことが理解できました。


ただ、8歳で、ロジックの理解に問題があることから、いっこうに進まなかったのですが、結局仲良くなっただけで、私の都合もあってその子と会わなくなってしまいました。


数学は、空間把握や数字の問題でもありますが、一方ロジックの問題ー日本語の問題でもあります。

他者は悲しくも通り過ぎる

とても残念だったのですが、その子の人生をどの道支えることなどできないからということでしかないことを思いました。


教育現場は、大雑把にならざる得ないことを思うと母子のプレッシャーの大きさに心が苦しくななります。

大切なこと

大切なことは、健全な発達という言葉と一定の教育感ー古典的な概念に迷わされないことです。情報過多の世の中にあって、畳みかけるように健全な育成を行うことは親の義務ではない、もちろん放棄はいけませんが、ストレスばかりを感じないように、深呼吸をしてみてください。







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