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注意について 不完全な統合的意識ーW・ジェームズの心理学から 

注意について

何かに注意を向けてということばがあります。すべての情報が心に流れ込んできたらどうなるのか、大量の情報の中で、たちすくむことになります。


情報は周辺も含めそこに存在していますが、私たちは、注意を向けることで、一つの既知の概念の中に情報を取り込み統合することで、一つの判断や行動へと自分を仕向けていくことになります。


瞬間的に見る景色であっても、大量の情報を含んでいます、それは、興味のない情報を大脳が門前払いをしているようなものです。

効率的な注意

効率的な注意を生み出す元は、「興味を惹くこと」がその中心的な観念となります。対象に対して興味を持つことが情報を統合して一つの観念をつくることになります。


ただ、統合が完全であることはまずないと考えます。統合が生理的には不完全で、また、特に統合失調症という病名を与えられなくても、どんな状況の人もある程度それは不完全なものであることは認識される事実であると考えます。


「事実正当な統合がほとんど存在しないときがある。このような瞬間には皮質の活動がほとんど最低に落ち込んでいる。われわれ多くは、これに幾分似た発作を1日に数回は経験する。すなわち目は空を見つめ・・・」(ジェームズ 心理学 今田寛訳)基本的動作が始められなくなってしまうのですが、はっきりとした理由もなく我にかえるーそして再び生活の車輪は回転を始めます。


統合とは概念体系に包摂すること

概念体系に包摂されていない対象の同時把握は困難つまり、見慣れたものの組み合わせは短時間で読み取ることができるがそうでない組み合わせは明瞭に認識されにくいことになります。

同時作業上の意識の統合はできるのか

作業においても、同時に性質の違うものに心を使う時には、それは比較的効率的に行うことができ、同じ性質のものを行う時には、不確実、困難を伴う、例えば、詩を読みながら、詩を書く作業がそれにあたります。関係ない絵を見ながら、絵を描くことは不可能ですよね。

どのような人も基本的な意識の統合は難しいということ

いずれにしても、完全な意識の統合は難しいのです。それもすべての人が、安心してくださいとは言いませんが・・芸術家はその統合の不完全さゆえに芸術家なのかもしれませんーと思ってみてくださいね。

(W・ジェームズ 心理学 今田 寛 参考)






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